大判例

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東京高等裁判所 昭和34年(う)1782号 判決

被告人 佐藤忠治

〔抄 録〕

所論は、本件事故は被告人がその操縦する自動車を被害者秋山慶吉に激突させたことにより生じたものではなく、対向方面から疾走して来た操縦者不明のオートバイが秋山に激突したため生じたものであつて原判決には事実の誤認がある旨主張するのであるが、原審における証人五位堂貞明、同神尾幸光の各証言、五位堂貞明、神尾幸光の検察官に対する各供述調書、当審において取調べた証人五位堂貞明、同神尾幸光に対する各尋問調書、証人白土繁子の供述、原審並びに当審における各検証調書、司法警察員作成の実況見分調書を綜合すれば、被告人は原判示の日時場所において自己の操縦する自動車を秋山慶吉に原判示のように激突させたものであることを認めるに十分であつて、所論の操縦者不明のオートバイが反対方面より疾走して来てそのオートバイが秋山に激突して本件事故を発生せしめたものとは到底認めることができないのであつて、この点に関する被告人の供述は全く真実に合致しない弁解に過ぎないものといわざるを得ないから右主張は採用の限りでない。次に所論は、被告人は原判示事故現場に時速約一五ないし二〇キロメートル位(被告人は時速約五キロメートルであつたと述べている)で差しかかつたものであつて、道路に佇立していた私山を原判示のようにその場所から八メートルもはねとばす筈はないと主張するので案ずるに、前掲証拠を綜合すれば、被告人は事件当日原判示事故現場に時速約一五ないし二〇キロメートルの速度で差しかかりその操縦する自動車を秋山に激突させ、秋山を右衝突箇所から約八ないし九メートル前方にはねとばした事実を認めることができる。すなわち、右事故発生の直前被害者秋山と僅か自転車一台を間に挾んで立話をしていた五位堂貞明は、突然パンという大きな音を聞くと同時に目の前を白つぽい物が通りすぎたが、その時急に自己の直前にいた秋山の姿も自転車も目前から見えなくなり、次の瞬間キーツと音がして右白つぽい物(これは被告人がそのとき操縦していた自動車である)が止つたので、直ちにそこへ飛び出して行つたところ、その自動車はすぐに発車し去り、その場所のわきに秋山が倒れていたのを発見したのであるが、右秋山が立停つて五位堂と話をしていた場所と、秋山が倒れていた場所との距離は約九メートルであることが認められるのであるから、右事実から推せば、被告人はその操縦する自動車を秋山に激突させ、これにより同人を右倒れた位置まではねとばしたものと認めることは極めて自然であつて原審が原判示のように自動車を秋山に激突させ約八メートル前方にはねとばしたと事実の認定をした点において採証の法則に違反ありとなすことはできないし、事実の誤認ありともいえない。尚又、所論は、本件事故発生当時被告人の操縦する自動車に同乗していた秋葉繁子(白土繁子と同一人)を捜査官が取り調べないで所在不明ならしめたことは真実発見の大原則に反し審理不尽の嫌があると主張し、捜査官が右白土の取調をせず、原審においてもその取調をしなかつたことは所論のとおりであるが、これは被告人その他の関係者が右白土のことを申立てず、捜査官も、原審も白土の存在を知らなかつたためであることが窺われるのであるが、当審において弁護人の請求により白土繁子を証人として取調べたところ同人の証言によれば被告人操縦の自動車が被害者秋山に衝突したものであることが認められるのであつて所論のように審理不尽のために事実誤認の結果をもたらしたものとも認められないから、右白土を取調べなかつた一事を以つて審理不尽なりとする所論は当らないというべきである。それ故論旨はいずれも理由がない。

しかし、職権により調査するに、原判決の認定した犯罪事実中、飲酒酩酊して無謀な操縦をした行為と業務上過失致死の行為とは一個の行為であつて数個の罪名に触れる場合にあたるものであるから刑法第五四条第一項前段、第一〇条を適用してその重い業務上過失致死罪の刑に従つて処断すべきであつたのにかかわらず、原審はこれを同法第四五条前段の併合罪にあたるものとし同法第四七条、第一〇条を適用して併合罪の加重をした刑期の範囲内で刑の量定をしたものであり、右は法令の適用を誤つた違法があるといわなければならないものであり、その誤が裁判に影響を及ぼすものであることは明らかであるから、この点において原判決は破棄を免れない。

(長谷川 渡辺 白河)

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